「魔曲」ジョックロックに隠されたもう一つの物語。なぜアメリカ版はスタジアムから消えたのか?

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夏の甲子園、球場全体を熱狂の渦に巻き込む応援歌といえば、智辯和歌山の「ジョックロック」を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。そのあまりの力強さから「魔曲」とも呼ばれ、試合の流れを一変させる奇跡の曲として知られています。

しかし、もしこの「ジョックロック」に、アメリカ版の「もうひとつのジョックロック」が存在し、ある衝撃的な理由によって意図的にスタジアムから消されたとしたら、皆さんはどう思われますか?

今回は、光と影に包まれた「もうひとつのジョックロック」の物語を紐解いていきたいと思います。

全米を熱狂させた国民的スポーツアンセム

海を渡ったアメリカで「ジョックロック」といえば、**ゲイリー・グリッター氏の『Rock and Roll Part 2』**という曲でした。日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、この曲は「ヘイ・ソング」という通称で親しまれ、そのシンプルなメロディが多くの人々の心を掴みました。

1970年代から90年代にかけて、この曲はアメリカのあらゆるスポーツシーンで鳴り響き、得点時や勝利の瞬間を彩る**「国民的スポーツアンセム」**として絶大な人気を誇っていました。あのマイケル・ジョーダンが率いたシカゴ・ブルズの黄金期にも、この曲が頻繁に使われていたそうです。90年代にアメリカのスポーツを見ていた方なら、一度は耳にしたことがあるかもしれませんね。

突然の消滅、その裏にあった衝撃の事実

しかし、誰もが愛したこのアンセムは、ある日を境に忽然とスタジアムから姿を消します。

その原因は、この曲の作者である**ゲイリー・グリッター氏の「本当の顔」**が暴かれたことでした。

話が一気にダークな方向へと進みます。1999年、グリッター氏がパソコンを修理に出した際、ハードディスクから数千点にも及ぶ児童ポルノが発見されたのです。これが、彼の転落の始まりでした。

その後も彼は犯罪を繰り返し、最終的に2015年、70年代に行った少女3人への性的暴行の罪で禁錮16年という重い判決が下されました。熱狂を生んだ名曲の作者の正体は、長年にわたり子どもたちを食い物にしてきた、許されざる性犯罪者だったのです。

スタジアムが下した重い決断

彼の罪が明らかになるにつれ、スポーツ界は重大な決断を迫られます。

  • 倫理的な問題: 性犯罪者が作った曲で盛り上がることへの道徳的な抵抗感。
  • 金銭的な問題: 曲が使用されるたびに、著作権使用料(ロイヤリティ)が犯罪者であるグリッター氏に支払われてしまうこと。

世界最大のスポーツリーグであるNFLは、2006年に各チームへ使用を控えるよう助言し、さらに彼の犯罪の全貌が明らかになった2012年には、この曲を避けるよう明確に指示を出しました。

こうして、全米を熱狂させた「ヘイ・ソング」は、事実上の**「放送禁止曲」**となり、作者の罪とともにスタジアムから完全に姿を消したのです。

作品と作者をめぐる問いかけ

物語はこれで終わりません。2019年に世界中で大ヒットした映画**『ジョーカー』**。主人公が狂気の道化師へと変貌を遂げる非常に重要なシーンで、あの曲が使われたのです。

これには世界中から「なぜ性犯罪者の曲を使うのか」と非難が殺到しました。映画側は「キャラクターの邪悪さを表現するために、あえて不快なこの曲を選んだ」と説明しましたが、議論は収まりませんでした。


素晴らしい作品であっても、その作者が許されざる罪を犯していたとしたら、私たちはその作品を純粋に楽しむことができるのでしょうか?

かたや、高校生たちの創意工夫によって「魔曲」として愛され、今も奇跡を生み出し続ける日本の「ジョックロック」。そしてもう一方では、作者の罪によって歴史から消されたアメリカの「ジョックロック」。

音楽が持つ、人を動かす強大なパワー。しかし、その力は時に作り手の倫理と切り離せないという現実を、この物語は私たちに突きつけています。

この「作品と作者の問題」、あなたはどう考えますか?

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